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歯科矯正は間違いのない投資

はじめに

半年ほど前、未就学児の子どもが顎のズレを主訴に来院した。そして先日矯正が終わったのだが、うまくいって本当に良かったと思う。たらればの話になるが、あのまま成長していたらかなり高い確率で交叉咬合という歪んだ咬み合わせになっていただろう。その症例があって思うことが多々あったので書いていこう。

科学的根拠に基づく治療

現代の医療は原則科学的根拠に基づいていないといけない。歯科矯正も科学に基づいてやっている。しかし、今回の症例でいうと、あのまま成長していたら交叉咬合になる可能性が高いのであって、決まっているわけではない。つまり、何もしなくても正中が合う可能性も0ではないのだ。

科学的根拠は実際治療した群と治療していない群を分けて何十人場合によっては何百人何千人と調べて統計学的に処理をし、有意差があった場合効果があったと言っていい。しかしどれも確率論であり、効果があまりなかったひとやすごく効果がでたひとなどさまざまなパターンがあり、その平均値ということになる。

歯科矯正の場合、同じ症例というのは原則なくそのひとが矯正をしなかった場合とした場合という未来は観ることはできない。だから今回の症例もおそらく良かった例ではあるのだが、何もしなくても治った可能性は0ではない。

科学的根拠の落とし穴

ネット上では適当なことを言っているひとが多い。「自分がして良かったから発信した」、「論文が正しいとは限らない」などだ。自分でして良かったから他の人にいいとは限らないし、科学的なデータのないことを不特定多数がリーチできるSNSで発信するのはいかがなものかと思う。もちろん、「ご飯が美味しかった」とか「風景画きれいだった」などは問題ないのだが、健康や病気に関することをもっともらしく間違った情報を書くひとがいる。僕がいつも「一次情報にあたるべき」だと訴えているのはこのためだ。「論文が正しいとは限らない」のは確かにそうなのだが、それでもネットに溢れる情報の中ではよっぽど信頼があるといっていい。

しかし、実は逆もある。医師や歯科医師で科学的根拠はこうなっているから絶対にこの治療法がいいというひとがいる。第一選択はもちろんそうなるのだが、やってみてダメだった時に次の治療法や本来選択肢に上がるのが後ろになるような治療法をしないといけない時がある。

例えば、第一選択になる治療法の成功確率は80%であるという時に結果が伴わない20%の可能性がある。うまくいかなかった時は目の前の患者さんは20%側のひとであるわけだから、次の治療法やそのひとに合った治療法を模索しないといけない。

科学的なデータは知識として必須ではあるが、目の前の患者さん一人一人を診るという別の目も必要なのだ。

間違いのない投資

今回は歯科矯正治療ということになるが、「自分にする投資」が間違いのない投資だと思っている。祖母が言っていたことだが、「お金は取られても技術は取られない」と言っていた。まぁ厳密に言えば特許や後遺症になるような大怪我をさせられたりすれば奪われる可能性があるかもしれないが、自分が手に入れた知識や手技は原則奪われない。

そういったものに投資するのがいいと思う。それを活かすも殺すも自分次第だからだ。

子どもに何かしてあげるという時に「歯並びをキレイにする」や「虫歯を治療する」なんかも非常に意味のある投資と言えると思う。

しかし、もっといいのは「そもそも歯並びがキレイ」や「虫歯のない口腔環境にする」ということだ。

子どもが大きくなると難しくなるが、未就学児ぐらいまでであれば親が環境を与えられることが多い。知識があれば防げることも多いので、そういった知識や情報を広く収集してほしいと思っている。

僕は自分の立場からそういった有意義な情報を根拠も出しつつ広めていかなければならないし、実際一人一人患者さんを診るときはそのひとを診なければならない。

おわりに

最近子どもの一次矯正と言われるものや、姿勢に関する話をすることがあるが、実際結果が出るのはその子どもが老人になった時なので、僕は自分の治療の成果を観ることはない。ただただ未来に想いを馳せるばかりであるが、その子どもの健康寿命が延びればいいと思うし、またさらにその子どもの健康寿命が延びればそれに越したことはない。

40歳を超えて色々思うことがあるが、やはり次世代のために踏み台になれたらいいなとか、未来の日本人が少しでも心身共に強い人間になればいいなと思ったりする。