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僕が患者さんと無駄話していて良かった話
はじめに
僕は患者さんと無駄話をよくする。正直経営を考えると良くないことだろう。しかし、話をしていると見えてくるものがあるのだ。病気が隠れていたり、悩みが隠れていたりする。特に口腔内の違和感ぐらいでいうと、誤差のようなこともあるので、悩みが解消されると無くなったりするのだ。
そんなたまたまがあったので、少し書いていきたい。
「いやぁ、実は、、、」
守秘義務があるので詳細はボカすが、ある女性がきた。子どもは成人していて、夫婦で暮らしている。僕は昔からの付き合いで、よく知っている。いつもみたいに「体調はどうですか?」、「ご家族は?」なんて話をしながらチェックをしていた。すると、
「いやぁ、実は、、、」
と、話を聞くと旦那さんの様子がおかしいという。まだ60代だったと思うが、僕は話を聞く限り認知症の初期症状のように思えた。話を聞くと奥さんも少し疑っているようだった。実は僕の父は認知症を患っており、もう結構進んでいる。もう僕もわからない。これが怒りっぽいとか、さっきのことを忘れるとかが初期症状だったりするのだ。
僕の父は昔の昭和の親父だったので、怒りっぽいとかさっきのことを忘れるなんて日常茶飯事だったので、認知症の初期症状かわからなかったのだが、旦那さんは真っ当な人で今までそんなことない人だとのことだったので、僕は怪しいと感じた。こういう時の配偶者の違和感は間違いないと言っていい。ただ、僕は歯科医師であり、認知症を診断できる立場にない。
そして、「どこに行ったらいいかわからないので、どちらにかかっていますか?」という話になった。
本当にたまたまなのだが、実家の近くの診療所の先生が認知症や脈管系が専門の先生だった。何度も父の異変に気がつき命を拾ってもらったことのある先生だ。おそらくその先生がいなかったら何十年も前に父は亡くなっていただろう。「その先生はどうですか?間違いないですよ。」ということで、そこにかかることになった。
その先生にかかることになったのだが、できる先生は違う。すぐにMRIを撮る段取りをして、かなり早く診断がついた。おそらく「〇〇型の認知症か、〇〇だろう」ということで、すぐに通いやすいところへの紹介もし、ポンポンと段取りよく進んで、患者さんも安心しているようだった。
というのも、僕の方に丁寧なお礼のメールが届いており、助かったとのことだった。まぁ紹介先の先生が優秀だっただけで僕が救ったわけではないのだが、患者さんに感謝されたのはありがたいことだった。
僕がどうこうということではないのだが、患者さんが救われたのはいいことだ。これに関しては本当に僕のおかげではない。僕はこういういい先生にあたれるのは縁だと思っている。そして、この縁も含めて病気の一部だと思っている。いい医師に当たる、合う医師に当たるということも病気が治ったり、付き合ったりしていく上で非常に大事なことなのだ。
おわりに
僕はこの紹介先の先生を非常に信頼している。家族の命を救ってくれたというのもあるが、合う合わないというレベルでも非常に合うと思うし、尊敬している。体力にそこそこ自信のある僕だが、この先生の働きっぷりも尋常ではない。頭もいいし、圧倒的バイタリティが生む圧倒的な経験もある。ケチのつけようがない。
そんなことはないと思うが、その先生が誤診して僕が死んだとしても恨まない。それぐらいの覚悟で信頼している。その先生が間違うぐらいならどの先生がしてもダメだろうぐらいに思っているし、その時はもう自分が死ぬタイミングなのだ。
僕自身患者さんからそれぐらい信頼してもらえる歯科医師になりたいものだと思う。
本年の診療は12月27日で終了で、新年は1月5日からになっている。年末年始は冷えるそうなので、みなさんお身体には気をつけて、良いお年を。