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歯科技工士の重要性

はじめに

みなさんは歯科技工士という職業をご存知だろうか?歯科医師は歯科医院で型を採ったりしていると思うが、それは石膏模型に起こされ(最近はCAD/CAMと言って光学印象(カメラで型取り)をして、3DCGを作製し、PCの画面内での作業のパターンもある)歯科技工士のもとに送られ、その模型をもとに歯科技工士が差し歯や義歯を作って、歯科医院に送り、歯科医師がそれを患者さんの口に入れるということをしている。

僕はたまに自分で作ることもあるが、大体の歯科医師は差し歯や義歯を自分で作るということはしない。作ってくれているひとがいるのだ。このひととの関係が自分の歯科治療の運命を決めると言っても過言ではない。基本的にこだわりがないのがこだわりだが、この歯科技工士に関してはかなりこだわりがある。そんなこだわりの話をできればと思っている。

歯科技工士という職業

歯科技工士は上記した通りの仕事で、ものづくりのスペシャリストだ。その中で縛りも大きい。ある意味では歯科技工士の弱点になるところがある。それは基本的に相手をしているのが模型だということだ。ただ、実際その向こうには患者さんというひとがいてそのひとのために仕事を繋いでいるという感覚が欲しいのだ。これは実際患者さんと対峙したことのある歯科技工士が圧倒的に強い。歯科医院に直接ついていた技工士であったり、技工士さん同席の色合わせや仮合わせなどがある。

模型しか見ていないひと、模型の向こうに患者さんがいることを理解しているひと、模型の向こうの患者さんと対峙したことのあるひと、ぐらいの分類があるだろうか。僕はできれば技工士と一緒に患者さんを見ながら物作りがしたい。

ただそれは現実的に保険診療では難しい。患者さんを前に患者さんの感覚や状況を一緒に診て、同じ感覚を共有して物作りをしてほしいのだ。なるべく細かいニュアンスを通したいのだが、指示書などの文章だけでそれを伝えるのは非常に難しい。しかも使える材料も限られる。そして、全症例に技工士さんに立ち会いを求めて、患者さんの個性やクセを全部伝えて、かつそれを理解して体現してくれる技工士となると相当のレベルになる。当然対価は高くなるし、むしろ高く払わなければならない。その金額はとてもではないが保険診療では賄えない。歯科医師は技工士に払いたいお金と診療料のジレンマとで戦い続けている。

救世主CAD/CAM

あくまで症例は選ぶのだが、光学印象をして3DCGで作業ができるようになった。これによってデジタルで会話ができるようになったのだ。「咬み合わせを何百μm下げてくれ。」、「一旦、200μm減らすので感触を教えてください」とか、「側方移動時の接触が少し強いので調整できますか?」、「できます。こちらで少し調整してみます。」とか、「セメントスペースを減らせないか?」、「あと100μmだけ減らしてみます」などだ。今までは感覚で少しとしか言えなかったが、具体的な数字で表すことができるようになり、技工士さんサイドもわかりやすくなったのだ。しかも、誤差は20μm以下というのだがら驚きだ。

デジタルの罠

そうなるとこんなことを考える歯科医師がいる。『自分のところでデジタルの機械を買って、削り出しまで自分でやってしまえば高い技工料を払わなくてもいいのではないか?』と。これに関しては多くの歯科医師が痛いめをみている。デジタルなんだから理論上同じことをすれば同じものができると思うかもしれない。これの答えは「NO」だ。一つ一つの機械にも個性があって、相性もある。この機械の時はこうしてこの機械の時はこうしようという微調整が必要なのだ。これを理解せずに削り出しまでやってくれる機械を買ったからと技工士との取引をやめていた歯科医師が、結局うまく使えずに技工所にまた技工を出しだしたという話はパラパラ聞く。

僕が最初光学印象の機械を入れたとき、取引のある技工士から言われたのは「フィードバックを欲しい」というものだった。この技工士は機械の相性や僕の感覚などを理解してくれているから、「データをくれたらこっちで合わせるからデータをくれ」と言っているのだ。セットの度に「ここをこんな感じで調整した」とか、「ここが気になる」とか言った結果、今ではほとんど調整なく装着できている。

デジタルだからデータを入れたら同じものができてくる訳でもないというのが難しいところだ。多分他の業界では気にならないレベルの誤差が歯科では問題になってしまうという精度の問題があるだろう。あくまでデジタルの機械もツールの一つでしかない。Chat-GTPと同じで使い方を誤るとゴミしか出力しない。あくまで使うひとの力量がものをいうのだ。そこまできて初めてデジタルは同じレベルのものが作れるのだ。

そして、じゃあそこまでできたら同じじゃないかと思うかもしれない。確かにそうだ。そうなると差が出てくるのはアナログの技術ということになる。これからの技工士はここに頭を打つと思う。デジタルはできて当たり前、差はアナログの技術でつく。デジタルはできてもアナログなことができない歯科技工士が量産されてくると考えている。そもそも歯科技工士は離職率が非常に高い職業だ。その中で優秀な歯科技工士、自分と感覚が合う歯科技工士を探すのは至難の業と言えるだろう。その点、僕は歯科技工士に恵まれている。お世話になっている歯科技工士、友人の歯科技工士皆優秀だ。過渡期であるおかげで元々アナログな技術のあるひとがデジタルを触ってくれている。これからデジタルメインの歯科技工士が多く出てくると、今までにない問題が出てくるかもしれない。

歯科技工士の社会的評価

歯科技工士に求められてるものがあまりにも高度になり過ぎている。そもそものアナログの技術、デジタルの技術、解剖などの生体の知識、歯科医師相手や会社で求められる社会性など、専門性に一般性まで多岐にわたる。それなのに評価が低すぎるという問題がある。その根本に日本における歯科業界の地位の低さというものがあるのだが、歯科技工士は一番割りを食っていると思う。

最終的な問題が日本の歯科業界のせいということになってしまうのだが、もっと歯科技工士という職業の凄さみたいなものを世の中は理解して欲しいと個人的に感じている。

おわりに

僕は自分が歯科医師になりたての頃、自分が形成した窩洞でインレーを作ったことがある。まずワックスアップがうまく行かず(形成が悪い)、なんとか調整し埋没はうまくいったが金属がうまく流れず鋳造失敗(最初からやり直し)、鋳造までやり直してできたら微妙に入らない。調整して調整してなんとか入るようにして、そこから口の中に入れてもいいぐらい磨いて、、、

できるまでに何時間もかかった。この仕事が1000円とか2000円なわけない!でも実際当時そんな値段で出していたし、保険診療ではそれ以上出すことは不可能だった。(金属代などを考えるとやったらやっただけ赤字になる。保険診療は国が値段を決めているため勝手に多くもらうなどはできない。)歯科医師は皆、一回外注に出している仕事を自分でしてみるというのはいいことだと思う。

みなさんの口の中に入れている差し歯や入れ歯は最終的には歯科医師が入れたものだろう。ただ、その向こうには歯科医師を含め、みんなの技術で繋いだ型取り、模型、補綴物などが繋がり繋がりして口の中に入っているのだ。そのうちの一人に歯科技工士という職業の超絶技術があって初めて成り立つ補綴(歯がないところに歯を入れる)という分野があるということを一般の人にもわかって欲しいと思う。