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歯科の保険診療が終わる❓❗️
はじめに
最近の物価高や人件費の上昇に保険診療の点数がついていっていません。医科の方では直美(ちょくび:研修医終わりにいきなり美容整形外科に行くこと)などが問題になっている。医療業界ではよく非難されていることだが、本当に非難されるべきなのだろうか?
多分、一般の方々は知らない保険診療の裏事情について書いていきたいと思う。
ずっと頑張ってきた
僕は歯科医師なので、あくまで歯科の話をする。みなさんは商売をしたことがあるだろうか。サービス業などでよくある割合として、材料費は売上の1/3を超えてはいけないというものがある。それを超えると人件費や施設の維持費、雑費などを払えないからだ。特に医療においては基本的に歯科医師を始め、衛生士や技工士などみんな国家資格を持っているひとが相手になるので人件費はより高くなるし、材料も一般的なものより同じものでも高くなる。
とある止血剤
ずっと使ってきた止血剤がある。安価で止血ができるもので、普段はあまり使わないが止血しにくい薬を服用しているひとなどに使ってきた。その会社が出荷調整という名の元この止血剤を作らなくなったのだ。そして代替品として高い止血剤を作ったのでこちらを使ってくれというのだ。
この高い止血剤が5720円だ。ちなみに安い方は数百円のものだ。もちろん高い止血剤の方が機能はいい。しかし、安い方でもやってこれた。そしてこの値段と保険点数が問題なのだ。ちなみにこの止血剤の保険点数は572点だ。保険診療は1点10円の計算だ。お分かりいただけるだろうか?5720円のものが5720円で売られているのだ。一般的な物を売る商売で考えてほしい。仕入れ値と販売価格が同じなのだ。そんな商売があるだろうか。
そして、親知らずを抜歯するような難しい大臼歯の抜歯の点数は500点だ。なんと抜歯自体の処置より止血剤の方が高いのだ。そして止血剤を使っても歯科医院に儲けはない。在庫を抱える分マイナスといっていいだろう。
そもそもだが、抜歯は外科手術であり、5000円でできるような手術ではない。細心の注意を払い、知識や技術を総動員してやっている。乳歯を抜くぐらいならそれもいいだろう(入試の抜歯はもっと安い)。しかし、親知らずを抜歯するときはかなりリスクが高い。僕は口腔外科の出身でそういうことをずっと専門的にやっていた時期があるが、こんなに割の合わないことはない。
実はそれすらもまだマシ
この数年で物価がかなり上がったと思う。それは当然歯科材料にも言えるのだが、歯科材料が上がったのに保険点数が上がっていないことによって、歯科材料の値段の方が診療報酬を超えているものもある。もはややればやるだけ損をするというそんな商売があるだろうか?ましてや医療なのだ。リスクを負ってしないといけない処置をこちらがお金の負担をしてするということが起きている。
崩壊が始まっている
実際、保険では金属の被せ物や部分入れ歯は作りませんという歯科医院が出てきている。まだ当院はしているのだが、正直これも逆鞘が起きている。こういった被せ物や部分入れ歯は技工士という専門職のひとが作ってくれている。物価の上昇やこの技術職のひとの人件費が上がってきた結果、技術料が診療報酬を上回っているのだ。
みなさんに考えてほしい。保険では金属の被せ物や部分入れ歯は作りませんという歯科医院を責めることができるだろうか。あなたは自分がお金を払って仕事をしているだろうか。あなたは自分がお金を出して誰かのためにものを作ってあげているだろうか。
ここまでの話を聞いて、技工士が技術料をとりすぎていると思う方もいるかもしれない。そんなことはない。本当に薄給で働いてくれている。そもそものお金が安すぎるのだ。昨今、職場環境が整い出してきたが、離職率が95%を超える時代が長くあった。それほど劣悪な環境で働いて技術を磨いてきたのだ。
今の技工士は非常に貴重な人材だ。歯科業界の人気のなさから技工士学校もドンドン潰れていっている。少し先に技工士は確実に足りなくなる。世の中は知らないと思うが、本当に危機的状況なのだ。技工士の作業と技術、その値段を知ったら「誰がその仕事するねん!」と思うことだろう。もっと価値のあるものなのだ。
医療費は上がってるじゃないか
ニュースでは医療費は増大傾向と言われている。みなさんの社会保険料も高くなっているだろう。しかし、歯科に関していうと、実はこの30年そんなに変わっていないのだ。30年前の物価を100とすると今の物価は150か160ぐらいだ。イメージとしてはジュースの自動販売機をイメージしてもらえたらいい。100円で買えた缶コーヒーが150円とか160円になっているといったところだ。歯科治療費に関していうと30年前を100とすると今は60ぐらいだ。これは少し前のデータなのでこの数年の物価上昇に対応していないことを考えると60切っているかもしれない。
物価上昇している中、歯科治療費は相対的に下がっていっているのだ。
安い結果どうなるか
単純なものを売る商売を考えてほしい。一つのものを売って利益が薄い場合、どうしないといけないかというと数を売らないといけなくなる。医療の場合どうなるかというと数を診ないといけないということになる。そうなると一人一人に時間をかけられないのだ。
歯科は特性上、一人を見ると椅子などを全部清拭しないといけない。そうするとおのずと医院としては一人にかける時間はかかるのだが、患者さんから見ると一人にかける時間が短くなる。
よく「話を聞いてくれない」とか、「何時間も待って数分しか診てくれない」みたいな話を聞くかもしれない。しかし、話を聞くなどという保険点数はなく、その話を聞くという行為はボランティアであり、そんな料金は保険診療には組み込まれていない。
こう歯科クリニックはどうなのか?
当院では、一人30分枠にしているのでかなり時間をとっている。初診であれば1時間取ることも珍しくない。時間にゆとりを持ってとっているので開業以来予約の患者さんを予約時間より15分以上待たせたこともないはずだ。開業したのがコロナ禍ということもあり、前後に患者さんが合わないようにしていたということもあるのだが、僕自身が一人一人と話をしたり交流を持ちたいというのがあり、このスタイルでやっている。
じゃあ、できているではないかと思うひともいるかもしれない。これは単純に利益を削ってやっているだけだ。経営者としては2流3流といって良いだろう。
当院では歯のクリーニングなんかも一人1時間はとっている。保険診療であれば、もらえる診療報酬は同じだ。同じことを45分や30分でやっている医院がほとんどだろう。当院の衛生士が仕事ができなくて時間をとっているのではない。僕の方針で患者さんとの話に重きを置いているのでそういった時間をとっている。
このスタイルは患者さんの満足は増えるかもしれない。しかし、医院としては本当に厳しい話になる。
国に文句を言わないのか?
保険診療の点数を決めているのは国なのだが、歯科医師会や保険医療協会などは保険点数を上げるように活動はしている。しかし、国の対応は「それならば保険診療をやめたらいい」というスタンスなのだ。保険診療をやめさせることによって医療費の削減をしようというのが国の狙いなのだ。
その結果、保険で金属の被せ物や部分入れ歯はできなくなってきている。
国は医療業界を重要視していない。その結果、何かあった時に保険診療では対応できないという事態が起き始めている。
ちなみに先日来た若い女性はマレーシアの方だったが、顔を腫らして「前歯を3本抜いてほしい」と言ってきた。僕は「歯の神経の処置などをすれば歯を残せる」と言ったが、彼女は「そんなに(金額)高い治療できない」と言ってきた。「いくらぐらいを考えているの?」と聞くと、「自分の国でも1本2−3万円ぐらいする。3本なんてとても払えない」というのだ。ちゃんと働いて保険に加入しておられる方だったので、「数千円でできるよ」と言ったら喜んでおられた。複数本の歯が絡んできつく腫れていたので、治療は難儀したが、全ての歯は残して終われた。非常に喜んでおられたが、僕が学校で勉強していた頃、発展途上国と言われている国より治療費が安いのかと愕然とした。
日本の歯科治療はそれほど安価なのだ。
おわりに
当院では以前から言ってきたのだが、保険診療を止めようと思っている。余程の保険点数の改定がないかぎり、遅くても来年の4月あたりを目処に考えている。
今まで診てきたひとは保険診療も選択できるようにしようと思っているが、僕のスタイルは保険診療では継続が不可能だ。
顎関節症の治療や、咬み合わせの治療もかなり時間をかけてしているが、保険の診療報酬ではとても間に合わない。患者さんの負担が大きくなるのは本当に申し訳ないのだが、僕は一人一人と向き合って治療がしたいのだ。