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歯が生える薬ができるって本当⁉️

はじめに

SNSを見ているとある歯科医師がこんなことを言っていた。

「歯の生える薬ができる」、「2024年7月からヒトでの治験開始する。(同じ動画内で2025年と言っていたりするので、近々と捉えてください)」、「2030年には臨床で使えるようになる。」みたいな。

ホンマかいなと思って元ネタ論文を引いてみた。

Anti-USAG-1 therapy for tooth regeneration through enhanced BMP signaling

Local application of Usag-1 siRNA can promote tooth regeneration in Runx2-deficient mice

おそらくこの辺りではないかと思い、一通り目を通してみた。

難しい話が苦手な方は「僕の感想」と「おわりに」だけ読んでもらえたら大体理解できます。

僕の感想

僕の経歴と結論

一応僕の経歴について少しお話しをすると、僕は博士課程を修了し、「博士」と名乗っていい人物になる。子どもが賢い子のあだ名で「博士」っていうんじゃない本当に「博士」だ。しかも骨の研究で博士号をとっている。ちなみに内容は骨芽細胞を3次元培養し、それに繰り返し圧縮負荷をかけることによって骨芽細胞の分化を促進できるのか?という内容だった。

その僕がこの論文(2021年のもの)を見る限り、ヒトに対する臨床応用はまだまだ先になるか、もしくはできないと考えている。

否定的な理由

今までの歯を再生する研究の歴史

まず、今まで歯の再生については多くの研究がなされてきた。その中で多くのひとが挫折し、僕が研究をしていた頃に最前線と言われていたひとも歯の再生の研究を止めている。その当時研究者として新米だった僕が見てもその研究には無理があると思っていた。過去のそれらの研究を見てきた僕としては今までの中で一番可能性のある研究だとは思っている。しかも、日本人の研究だ。応援したいとさえ思っている。しかし、懸念点が多いのも事実だ。懸念点を4つにまとめたので説明していこう。

懸念点1

まずまだネズミでしか成功していないという点だ。この論文は2021年段階で、他の動物でも実験して行きますとは書いていますし、このネズミで成功した論文が出ている段階で他の動物でも成功している可能性があるとは思う。しかし、ヒトまで行くにはかなりステップが多い。たとえば、歯種(歯の種類)の問題だ。ヒトは切歯、犬歯、小臼歯、大臼歯という歯種がある。ネズミは切歯と大臼歯だけだ。これらの歯種に対応しているのか?という問題だ。歯の形については懸念点2で語りたいと思う。

懸念点2

当該のSNSでも挙げられていた写真なのだが、ネズミの大臼歯の後ろ側に薬で生えたとされる歯があった。おそらく大臼歯が生えないといけない場所ではあるのだが、大臼歯と判断できないぐらい小さい歯だった。おそらく矮小歯と言われる形が不完全な歯だ。これは普通に診療をしていても見られ、見てわかりやすいもので言うと上顎の側切歯がわかりやすい。本来のその歯の形ではなく文字通り矮小なのだ。つまり生えてくる歯は今のところ不完全な形をしており、その部位で決められた形をしていないとなる。頭の形はなんとか補綴物(被せ物)でなんとかなるにしても歯根(歯の根っこ)がしっかりしていないと歯として機能するのが難しくなる。

懸念点3

この論文では表現型に問題なかったと言っているが、ここにも少し落とし穴がある。「表現型に問題なかった。」というのは簡単にいうと「見た感じおかしいところがありませんでした。」と言っていると思ってもらったらいい。見た目に問題はなかったかもしれないが、遺伝はどうだろうか?ということだ。臨床をしていると先天的に過剰歯のある親の子どもは過剰歯があり、欠損歯のある親の子どもに欠損歯があることが多い。100%ではないのだが、遺伝の可能性があるということだ。表現型に問題はないかもしれないが、遺伝型に問題はないか?というものだ。この薬の様式はUSAG-1という歯ができるのを抑える遺伝子を抑えるという方法をとっている。それをするためにUSAG-1の遺伝子を抑える遺伝子を改良したアデノウイルスで入れるという方式をとっている。しかもUSAG-1が作用するのがRUNX2やBMP-7という骨を作るということにおいて結構重要なところなのだ。

つまり何が言いたいかというと、この薬を使った親から生まれた子どもは過剰歯がいっぱいできるみたいなことにならないか?ということだ。

懸念点4

こういった薬の共通した懸念点は「できた組織が制御できるかどうか?」だ。例えば今回の歯が生える薬に関して言うと1本欲しいだけなのに2本とか3本できたりしないのか?とか、特定の歯の組織ばかり増えたりして歯が形を成さないみたいなことはないのか?と言うことだ。

iPS細胞という細胞をご存知だろうか?ご存知なひとも多いだろう。山中教授がノーベル賞をとった研究だ。どういった研究かというと、分化した細胞がある特定の4遺伝子を入れることで未分化な細胞に戻るというものだ。分化、未分化という言葉は難しいかもしれないが、全ての細胞は精子と卵子がくっついてできた受精卵という細胞一つからできる。この何にでもなれる細胞のことを未分化な細胞といい、そこから神経細胞や皮膚細胞、筋肉の細胞などそれぞれの仕事ができる細胞になる。それぞれの仕事ができる形になっていくことを分化という。今までは分化した細胞は未分化に戻すことはできないとされていたので、ES細胞といって受精卵が数回分裂した細胞の一つを取ってくることによって未分化な細胞を入手していた。しかしこれには倫理的な問題もあり、疑問視されることも多かった。その点iPS細胞は分化した自分の細胞を採ってきて未分化な細胞に戻すという画期的なシステムを作ったので、ノーベル賞を受賞したのだ。

この世界的な発見のiPS細胞であるのだが、世界的に研究がなされているのに、治験レベルのニュースはあるものの臨床でフランクに使えるレベルに降りてきていないと思わないだろうか?これが臨床における難しいポイントなのだ。

未分化な細胞は放っておくと勝手に分化するし、これを目的の細胞に分化させたとしてそれを人体の目的の場所に持っていってそこで周りとの調和を保って細胞分裂するという人体に入ってからの制御が難しいのだ。制御が効かず非合目的に増える細胞のことを腫瘍と言い、周りの細胞の間にガンガン入っていくような増え方をする悪性腫瘍をがんというのだ。

今回の薬も目的のところに目的の歯を一本生やすだけならいい。目的以上の本数が生えたり、歯はエナメル質や象牙質、歯髄細胞など色々な種類の細胞がバランスよく配置され制御され初めて機能する。エナメル質のみ増えたり、歯がいっぱい生えたりし出したらそれは腫瘍であり、周りの組織の間にガンガン入っていけばがんになる。それほど細胞の制御は難しいのだ。

おわりに

これらの懸念点が僕の歯が生える薬が実用化に時間がかかる、もしくは無理ではないかと思う理由だ。歯という組織は非常に機能が多い。食事のための咀嚼、発音のための構音、呼吸をしやすくしたり、二足歩行を実現するための姿勢の維持その他色々あるのだ。ただ歯が生えたらいいねだけではなく、歯には様々な機能があり、それらを機能できなければ邪魔でしかないのだ。

今回の内容をSNSに上げている歯科医師も悪意を持ってあげているとは思わない。SNSなのだし、一般の人にわかりやすくキャッチーなものにしたのだろう。そして難しい内容の論文を一般の人にもわかりやすく説明しようとすると意訳すると意味がズレることもある。それに今までの歯を再生しようする研究の中で一番可能性があると僕も思う。この理解や情報の差がSNSの怖さだと思う。

この内容をあげているひとも僕も同じ歯科医師だ。一般の人から見れば同じ専門家と言えるだろう。

その二人の歯科医師が違う結論を論じているのだ。

SNSで挙げられている情報に関しては必ず一次情報を確認し、それらを調べ精査した上で自分で判断するということが大事なのかなと思う。

決してどこかの誰かの言った情報を鵜呑みにすることはしてはいけない。

最終的に僕の話を信じるか信じないかもよくよく吟味していただきたい。