ブログ
ちょっといい話 症例#2
はじめに
僕はボランティアで歯科検診をしている。ある幼稚園と障がい者施設だ。この幼稚園は障がいのある子どもも受け入れており、他の子どもと変わりなく一緒に育ててくれる。その卒園生が行く場に困っている時に障がい者が働ける場も作ろうということでできたのがこの障がい者施設で系列の施設なのだ。今でこそダイバーシティなどと言われているがずいぶん昔からそれを実践しているところなのだ。
ボランティアの歯科検診のきっかけ
実はこの幼稚園は僕も僕の兄も通っていた幼稚園なのだ。もう40年以上前になるだろうか。兄が通っている時に私立の幼稚園なのだが歯科検診がなかったのだ。そこで父(歯科医師)がボランティアで始めたのだ。父は昔気質のひとで今では許されないような子育てをしていたが、患者を診るということに関しては分け隔てがなかった。障がいのあるひとも歯科医院で診ていたし、僕自身それが普通だと思っていた。当時のことを考えるとわざわざ時間をかけて障がいのあるひとを自分の医院で診るよりは、効率を考えると大学病院などの装備が整っているところで診てもらった方がいいのだが、障がい者本人や家族からすると家の近くの歯科医院で診てもらった方が助かるのは間違いない。
そんな父だったので年に2回幼稚園の歯科検診をしていた(当時は障がい者施設はなかった)。そして、僕が入園する頃には父がその幼稚園の園医になっていた。歯科検診の日には歯科医師として父が来て母が書記としてくるのが当たり前になっていた。
子どもの頃の将来の夢
僕は家の1階が歯科医院のこともあり、小さいころから歯科医院をうろちょろしていた。技工室という歯の被せ物や義歯を作るところも併設されていたのでそこをうろちょろしていた。なんとなく歯科というものを身近に感じて育ってきたのだ。そして、卒園アルバムを見ると将来の夢のところに『はいしゃさん』と書かれていた。
ちなみに兄が二人いるが二人は違うことを書いている。
その後、小学生の頃は良かったが、中学生高校生と落ちこぼれ街道をまっしぐらに突き進む。一浪をして歯科大学に入学することができ、その後は無事に留年も浪人もなく卒業し、歯科医師になれている。
僕は子どもの頃になりたいと思った職業になれている。今も歯科医療というものが好きだし、自分の歯科医師という職業にも誇りを持っている。中高と落ちこぼれだったが歯科医師になってからは日々勉強をし、技術を磨いている。高校の同級生に会った時に「頑張ったんやなぁ」と言われた時は嬉しくて泣きそうになった。あの頃の僕を知っている人間には信じられないのだろう。
歯科検診を受け継ぐ
まだ父と働いていた頃、「ワシももう年やから」と歯科検診を受け継いだ。かれこれ10年になるだろうか。今は僕も子を持つ親となり、自分の子どももその幼稚園に入れた。昨今の勉強をバリバリさせるような幼稚園ではなく、砂場や河原で全力で遊ぶことに注力した幼稚園だ。正直、現代の幼稚園としては人気はないだろう。でも、僕は子どもの情操教育においてそれが大事だと考えている。砂場で社会を学ぶのだ。みんなで協力して大きい山を作り、トンネルを掘って水を流す。時には上級生に理不尽な扱いを受けたりとか、話を聞かない子どもに説明をし、自分の意見が通らないなんてことも経験するのだ。なぜか40年ほど前に自分がしていたよう遊びを今の子どももしている。多分何か人間の脳に根ざした遊びなのだろう。
そういった40年前当事者だった自分が大人の立場で子どもを見ることになるとは思いもしなかった。
そして、その幼稚園には自分が年少の時の担任の先生がいる。当時は若手も若手だった先生はベテランになっていた。ありとあらゆるトラブルを解決できる経験とスキルがある百戦錬磨の幼稚園の先生になっていた。
その幼稚園の先生目線で見たら当時小さい子どもだった少年は将来の夢『はいしゃさん』と書いていた。その子どもが実際『はいしゃさん』になって自分の通っていた幼稚園の歯科検診にきているのだ。感慨深いと思う。
僕にとってこの歯科検診はただの歯科検診ではないのだ。何か自分の歯科医師という職業を選んだ根源を振り返り、自分がなりたい職業につけて幸せであることや、周りに恵まれて助けられているということを再確認する時間なのだ。
おわりに
ただ流石に自分の子どもに『はいしゃさん』になることは強要できないし、できたら卒園生の中にいるであろう歯科医師に歯科検診を引き継ぎたいなと思っている。ただ、ボランティアで始めてしまった手前、ここからお金をもらいますとも言えず、引き継ぐ先生にボランティアでしてくださいとも言えないので、どうしたものかというのはある。
こういうことをボランティアですることは本当は良くない(「あの先生はボランティアでしてくれた」とか言われて他の先生に迷惑がかかったりする。仕事としてする以上お金はちゃんと取らないと値下げ競争になってしまう。特に資格を使う職業に関しては注意が必要)のだが、今回の症例に関してはこういった流れがあるので大目に見ていただきたい。