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保育士資格のための講習に遅れたというXの投稿に思うこと

はじめに

ある保育士を目指している方のXでの投稿がバズっていた。目的地まで30分かかり、1時間前に着くように1時間30分前に家を出たが人身事故で電車が止まり、タクシーに乗り高速に乗り8000円以上かけて会場になんとか辿り着いたが、10分過ぎていたので会場に入れず失格になり、「私、悪くないよね?」というものだ。

それには賛否あり、もっと早く着くようにしておかない自分が悪いという層と、仕方ないですねという層、あなたは悪くないですが、相手も悪くないですねという層や人間万事塞翁が馬みたいな層などだ。

僕が確認した時にはこの投稿は1億ビューに近い数を獲得していた。

僕は人間万事塞翁が馬層なのだが、皆さんはどうだろうか?

この件に関して

状況の整理

まず当日の講習を電車で行くということを考えると人身事故は想定に入れておくべきことだろう。1時間余裕を見ていたことは妥当と言える。実は電車で人身事故が起きた場合、人身事故の種類にもよるが、人身事故を起こした電車は15-20分ぐらいで動き出すことが多い。しかし、それ以降の電車はその事故を起こした電車が仮に15分止まっていたとして、その電車が動き出して、他の止まっている電車とやり取りして本部から動いていいよと言われて初めて動ける。そうすると次の電車が動けるのは20分ぐらいになってしまうのだ。そうするとその後ろの電車は25分、30分と遅れる時間が長くなってしまうのだ。

そう思うと1時間遅れはすでに遅れ始めていたのでは?と思う。あくまで結果論で状況がわからないから批判の意図はないが、そこでの判断ミスの可能性はある。その後タクシーに乗って移動を試みているので、実際電車はもっと遅れていたのかもしれない。そして、そんな状況ならタクシーを捕まえるのにも時間がかかっただろう。この辺りでかなり時間をロスしていると考えられる。

できることはしていた

あくまで結果を見た上での判断をすると、時間はもっと余裕を見た方が良かったのではないか?電車からタクシーに切り替える判断が遅かったのではないか?レンタカーなどの違う判断はなかったか?などがある。ただこれは結果を見てからの後出しの話になるので、実際どうかはわからないが投稿者はやれることはやっていたと考えるべきだろう。

結果を受け入れる

やれるだけのことをして、結果が伴わなかったのならもうそれは仕方のないことだ。悩んでも仕方がない。その次のできることを淡々とするだけだ。「私悪くないよねぇ」と思うならそれ以上どうしようもない。そして、当たり前だが、講習会の主催者も悪くない。10分遅れて来た人を入れるわけにはいかない。事情があるとか関係ない。それを入れていいなら他の人に示しがつかない。

単純な試験なら試験開始15分後までなら入室が可能とかあるだろう。残りの時間で試験を解けばいいだけだ。しかし、試験でもその15分を超えたら入れない。講習という性質上、基本的に時間が過ぎたら入れないというのは妥当だと思う。もしそれでいいならその手前の10分はそもそもいらない。

そして、もしやれるだけやったけど結果が伴わなかったらそれは受け入れるしかない。縁がなかっただけだ。

それでもし保育士になれなかったらなれないし、別日とか次の年に受ければいいなら受けたらいいだけだ。

今は保育士になりたいからなれないのはつらいかもしれないが、保育士になったらなったで大変なことがあるだろうし、もしかしたらブラックで追い込まれてメンタルが病むかもしれない。保育士になれなかったからやった仕事が当たるかもしれない。それは誰もわからないのだ。今いる現状でやれるだけやる以外に選択肢はないのだ。

僕はこんなことがあった

講習のパターン①

ある資格があった。1、2、3と3つ講義を受けてもらえる資格だ。その3つ目のときだったと思うが、東京までいって受けないといけない試験だった。僕は関西なので前日のホテルも予約し、諸々段取りをしていた。しかし、試験当日に台風が直撃し、休講。ホテル代も返ってこないし、救済もない。「来年受けてくださいね」でおしまいだ。

講習のパターン②

年に1回しか受けられない講習があった。その講習を受けないともらえない資格があったのだ。僕はそれに向かう途中だった。そこで病院から電話が来た。

「緊急帝王切開になります」

実はこの時、妻が妊娠しており、予定日も過ぎていた。前からわかっていたのだが、首に臍の緒が巻き付いていて、お腹の中の子どもの心拍が上がったり下がったりしているので緊急帝王切開に切り替えるというものだ。

この段階で妻が入院する病院は片道2時間。僕が行ったところで出産に立ち会うことはない。できることもない。講習を受けてさらに2時間遅れたとて特に差はないだろうと判断した。しかし、

「この後の予定があるので、諸々キャンセルしてそちらに向かいます」

そういって僕は講習をキャンセルした。そして、次の年に受講してその資格を得た。

正直向かったところで大した意味はない。ただ生まれてくる子どもに対してできることをすべきだと考えた結果だ。その年のその資格とは縁がなかったのだ。

国家試験のパターン

詳しくはこちらのブログで書いているのだが、僕は国家試験当日に大雪が降った。そして、奇跡的に僕だけホテルがなくなったのだ。そんなことがあるかと思うかもしれないが、そうなったのだ。詳しくはブログを読んでいただくとして、そんな状況になったら皆さんどうだろうか。歯科医師を目指すものにとって国家試験は人生のかかったイベントだ。これに通らなかったらただの歯に詳しいだけの人になる。6年大学に通った勉強がほぼ無駄になるといっていいほどのことだ。

歯科医師の国家試験は2日ある。だから前日と1日目にホテルをとる。そして試験当日に信じられない大雪が降り、1日目の試験が終わった後に泊まる予定のホテルがなくなったのだ。

人身事故ならある可能性を予想できるだろう。しかし、当時大阪で11年振りの積雪。これは予想できなかった。天気予報も晴れだったのだ。そのあとはもう悲惨なものだったがそれはブログを読んでいただくとして、申し訳ないがこの投稿者さんのレベルを遥かに超えるトラブルと言って過言ではないだろう。

そんな経験をした僕が思うこと

どれも厳しいことが起きた。ただ、その都度できることをできるだけしてきたから今がある。やれるだけやって起きた事故はどうしようもない。どうにもならないことはどうにもならないことなので悔やんでも仕方がない。いつまでも悩んでいる人はできることをしていないか、どうにもならないことを悩んでいるだけだ。悩んでいる暇があったら次にできる一手を考えて行動を起こすべきだ。できることをできるだけやるのだ。その後の結果は受け入れるしかない。よく努力したら報われるとか、誰かが見てくれているとかいう人がいるが、僕はそんなことないと思っている。自分の努力が下手だったり、アピールが下手だったりすることもあるだろうが、努力が結果を伴わないなんてことはいくらでもあった。

それでも努力するしかないのだ!

僕は自他ともに認める凡人だと思っている。特に抜きん出る才能はない。努力も結果を伴わないことがあるような努力しかできない。それでも凡人はやるしかないのだ。感情の面でもちろん思うことはある。才能のある人は一足飛びにできることを僕は積み上げねばならない。「いいなぁ」とか「羨ましいなぁ」なんて今までどれほど思ったことか。

しかしそれは僕が今から8頭身のイケメンになりたいと思うほど無駄なことなのだ。

そりゃイケメンの方が何かと得はするだろう。でも今からそれは望めない。持って生まれたものもある。それを望むという無駄な時間を過ごすよりはたまに結果を出す努力をした方がよっぽど自分のためになる。見た目は良くならないが、知識や技術は後付けできる。それすらも脳梗塞などで失われる可能性があるのだ。

おわりに

僕はこの投稿者さんに悪い印象はない。ちょっと愚痴をXに投稿したらバズっただけだろう。「もっと余裕を持って出るべき」という意見はそうかもしれないが、他に事情があるかもしれないし、結果を見てからいうのは少しセコいようにも思う。1時間前に着くように出ていればとりあえずはよしとしていいと思う。

人間万事塞翁が馬と僕は思っていて、この辛い経験がもしかしたらあとで活きるかもしれないし、このいい経験が後々悪いことを引き起こすかもしれないと思っている。

ただ、嫌なことや辛い経験があった時に心掛けているのは、「話のネタにすること」だ。辛い経験を何もしなければ、ただ辛いだけの経験になる。しかし、おもしろおかしく話題にすることでネタになるのだ。みんなが笑ってくれたり、自分が笑ったりするきっかけになるのだ。それだけでもプラスではなかろうか?

だから今回この投稿者さんもこれだけバズったのだがらネタには事欠かない。面白い返答は残し、嫌な返答するやつはおもしろおかしくネタにしたらいい。それだけでも今回の辛い思い出はプラスになるかもしれない。